パスー クソすべりな一日

パスー(2770m)。活気のない村。きれいな景色とは裏腹に、街はどんよりしている。街の中心でさえ、人はまばら。トラックが土埃を撒き散らして村を走り過ぎていく。自分の運気まで吸い取られるようなこの町で、散々な1日を過ごした。



旅行時期: 2009年10月後半
為替: 1ルピー = 1.09円
作成日: 2010.02.10

目次


何も無い街

ガイドブックによれば、カリマバードからKKHを北上すると、グルミット(Gulmit), パスー(Passu), ススト(Susto)と小さな町を経て中国国境につながっている。パスーもカリマバード程ではないにせよ、グルミット程度の村と勝手に想像していた。しかし実際来てみると、パスーの村には何もない。KKH沿いに離れて点在しているゲストハウスは大半が閉まっており、街に食堂もない。滞在した宿の食事はボッタクリ価格で、しかも決まった時間にしかオープンしていない。バス停近くに売店が2つあるが、「開いてたらラッキー」てな感じで時々営業している。リンゴと水を買いだめして、パスーでの生活に備えた。

パスーは、王宮もなければ博物館もない。近くに氷河があるため、トレッキングの拠点としてのみ機能している。いくつか可能なトレッキング・コースがあるが、まずは、ポピュラーなユンズバレーを攻めてみたい。パスー氷河(白)とバトゥーラ氷河(黒)の2つの氷河を巡るルートで、通常6-7時間のトレック。自分なら4時間半で十分だろう...と考えたのだが甘かった。

写真: オーナーが素っ気ないパスーイン。

Passu

  • 対岸の洪水や土砂崩れなどで、どんどん町が小さくなってきた歴史がある。今の人口は全盛期の五分の一とも言われている。
  • Passu Innのある辺りが、一応バス停の役割を果たしている。ただし、ここは村の中心ではなく、村の中心への入り口。売店の間の道を下ると、ジャマット・カーナや学校を経て、橋の辺りで再びKKHに合流する。これが村のメインロードで、売店も2,3軒ある。こちらの売店のほうが開いている確率が高いし、人通りも多い。
  • 道路沿いの売店は、農業の片手間にやっているようなものなので、ポテトの収穫が忙しいと一日中店を閉めるから困る。
  • 売店の値段は、フンザより5ルピーほど割高。例えば、コーラ500ml(35->40ルピー), 水1.5L(30->35ルピー)。輸送代の上乗せだが、少しぼり過ぎ。
  • 唯一まともな値段なのが、地元で獲れたリンゴ。1kgあたり30ルピー。売店で購入できる。
  • Passu Inn: ホットシャワー:300、コールドシャワー: 200。情報ノートがあるBatura Innはこの時期閉まっていた。
  • Glacier Breeze: 橋のそばの丘に建つ旅行者向けレストラン。滞在中、営業している雰囲気はなかった。一度通りがかったとき、明かりがついていたので、一応オフシーズン中もやっているようだ。

氷河湖への道

ユンズバレーのルートについては、フンザの情報ノートからある程度情報を得ていた。旅行人やロンプラのコース案内は大雑把すぎて十分とは言えない。とはいえ、ユンズバレーを甘く見ていた私のメモは、それに文句を言えないくらい大雑把なものだった。

8:47AM、宿を出てKKHを南に進む。10分ほどで右手に家畜小屋が現れ、そのすぐ先には橋がある。この小屋の裏の道が、パスー氷河や氷河湖へと続いている。トレッキングを始める前に、橋の向こうのGlacier Breezeレストランを覗いてみることにした。このレストランはガイドブックで絶賛されている洒落たレストランで、小高い丘の上にある。すぐそこに見えているので、道路に戻らず、直接レストランのほうに歩いていった。この時油断していたのか、小川を渡っている時、濡れた石に足を滑らし、きれいに肘から転んでしまった。幸先悪いスタートだ。

誰もいないレストランを外から見学した後、トレッキング再開。家畜小屋の裏から谷の奥に進んでいく。左手にシスパーレが見える。正面にはパスーピークもあるのだが、雲がかかってよく見えない。平坦な道を歩き、15分ほどで氷河湖に到着した。湖を囲む土砂の山に登ると、湖と背後の雪山がきれいに見える。パスー氷河から水が流れ込むため、確かに氷河湖なのだが、見た目、ただの大きな池にしか見えない。周りの景色との合わせ技で、及第点といったところか。


パスー氷河への道

湖の端の水のない部分を歩き、正面の岩山のところまで来た。私のメモには、「赤い岩の後ろから登れ」と書いてある。しかし、どの岩も程度の差こそあれ、赤茶色をしている。右側の谷の方を登ってみるが、この先道がありそうもない。それっぽい岩をチェックしながら左に進むと、岩山を過ぎて、氷河湖の注ぎ口まで来てしまった。ここには、パスー氷河の先端があり、氷の塊が迫っている。すぐ近くに、白い氷の塊が落ちていたので、一部剥ぎ取って食べてみた。透明できれいな氷で、普通においしい。

氷の試食はこの辺にして、道を探す。来た道を戻る途中、上に行けそうな道を見つけた。岩を3つ4つ登っていくと、石の瓦礫の中に道らしきものがあり、ケルンも置かれている。そのまま、巨大な黒い氷の山を左手に見ながら、瓦礫と岩の道を登っていく。土の道ではないため、足跡はない。正しい道を歩いている自信はないが、方向は間違いない。この瓦礫だらけの道以外に先に進むルートはないのだから。

白いと聞いていたパスー氷河だが、隣にある氷河の塊は土砂を被っており真っ黒。歩行ルートのすぐ横にあるため、近づいて触ることができる。氷河と土の地面は隙間なく接しているため、そばによっても安全だ。

引き続き、瓦礫の中を、ズボズボ足をとられながら進む。私の踏み蹴飛ばした石が下に流れていく。しばらく歩くと、右手にモーレンの小山が出てくる。私のメモには「途中で、右に登れ」と書いてある。とりあえず少し登ってみるが、道らしきものはない。元の道に戻る途中、一時的に腰掛けた大石がくずれ、砂利と共に下に落下していった。幸い、傾斜が急ではなかったため難を逃れた。どうも無理な道を登ったようだ。

上への道を捨て、まっすぐ氷河沿いに進むが、道の先には氷河しかない。ユンズバレー・トレッキングに"氷河を歩く"ルートはないので、明らかに間違った道だ。結局、隣の小山を無理やり登りケルンを見つけ、正しいルートに合流することができた。小山の上からは、パスー氷河の奥の部分、白い氷河が良く見える。少し歩くと、氷河湖の方面も良く見える。


写真: 一番上: 氷河のカケラ。右下の白いのが氷の塊。表面の白い部分を取れば中は透明。二番目: ルートの真横に黒氷河の塊が迫る。三番目: 小山からのパスー氷河の眺め。手前に黒い氷河、奥に白い氷河が見える。

パスー氷河

ビューポイント

  • パスー氷河は、"道路から見える"氷河で、KKH沿いにビューポイントはいくつかある。ひとつは、Passu Innから南へ向かい、Shisper View ホテルを過ぎて、最初のヘアピンカーブに向かう途中。カーブの所から、隣の小山に登ることもできる。更に南に進み、2つ目、3つ目のヘアピンカープでは、最初のカーブより高い位置にあるので、より眺めがいいはず。
  • 以上のポイントはパスーから徒歩でいける。車でパスー方面に北上する場合、氷河はちょうど進行方向に見える。

ユンズバレーへの道

パスー氷河の北側に、茶色く高い崖があり、その向こうユンズバレー(Yunz Valley)があるはずだ。今いる小山はその崖のほうに向かって延びている。たまにあるケルンを確認しながら、先へ進む。崖の壁に着いてからも、しばらく壁に沿った道を歩く。最後、まともな道はなくなり、ありえないくらい細い崖の道が続いていた。私のメモには「キケンな道」とだけ書いてある。近くにケルンもあったため、この崩れかけの道を正式ルートと勘違いした私は、「こりゃ無理だ。まだ死ぬのは早い」とあっさりユンズバレー行きを諦めた。

少し戻った後、しばし考えた。ガイドブックにも紹介されているこのコース。他の人は、あのサルでも躊躇するような崖の道を本当に歩いたのだろうか。ロンプラを開くと、"ユンズバレーへの道は、簡単にわかる"と書いてある。手前の薄茶色の崖の壁をよく見てみると、進行方向と逆の方向に崖を上る道がある。どうもこの道が正式ルートみたいだ。

この道は、先ほどの崩れかけの道より数倍安全に見える。ただし、道は細く、一歩踏み外せば数十メートル落下という条件は同じ。少し登ってみるが、やはり高所恐怖症の私には少し怖い。登り始めの部分からして道幅一足分しかない。足元で踏ん張っているそばから小石がコロコロ落下している。この先、道幅が広くなり楽に歩ける可能性もある。とはいえ100m以上あり、何が待ち構えているかわからない。特に今日は、朝から滑りまくりでついていない。既に三度道を間違え、かなり時間を浪費している。いつもなら果敢に望むところだが、今日のところは諦めることにしよう。帰り道、代替ルートはないか崖をチェックしながら歩いたが、安全に歩けそうな道はなかった。

写真: 垂直な崖沿いに斜め(左->右)に延びる道。道幅は狭い。実際の色はもう少し茶色い。

カラコルム・ハイウェイを歩く

KKHまで戻ってきた。まだ日は高いので、憂さ晴らしにパスーの吊橋に行くことにする。さっそくカラコルムハイウェイ(KKH)を南に歩き始める。よく考えれば、KKHを歩く機会は、これまであまりなかった。カリマバードやギルギットはKKHから外れているし、アーリアバードの街中の道は、私のイメージするKKHとは少し違う。私の中では、KKHは、雄大な景色、川沿いの道、ガタガタの悪路、そしていつも工事中、これが条件だ。唯一の経験が、フサニ村からフサニの吊橋まで歩いた1km。そして、今日、再びKKHを歩く。

Shisper View Hotelを過ぎた辺りから緩やかな登りが続く。そこでは、中国人労働者が道路の補修作業をしていた。この辺りは、沢山工事が行われいて、人民帽を被った労働者がトラックで移動するのをよくみかける。作業現場からはパスー村が良く見える。道路のすぐ下には紅葉した林があり、ギザギザの山をバックに素敵な風景が広がっていた(表紙の写真)。また、この場所からはパスー氷河も見える。ここからでも十分近くに見えるのなら、今日の苦労は一体何だったのだろうか。

最初のヘアピンカーブから吊橋への道が始まる。カーブの先にヤシュバンダン(Yashvandan)の集落に降りていく道がある。その道の20mほど右側に斜面を下りていく道があり、これが近道。下まで降りて少し歩くと、右側の丘に登る道がある。その道を道なりに歩き、川原を経てトータル1時間ほどで吊橋に到着した。

 

 

パスーの吊橋

パスーとフサニの吊橋は、"危険"な橋として、観光スポットになっている。見た目だけでなく、実際にも危険なのだが、現地の人は特に修復することなく使っている。観光客はスリリングな体験を求めてわざわざ"渡り"にやってくる。私もそのうちのひとりである。

川原を歩いて吊橋へ向かう。右側の崖に橋の入口へ続く道があるのだが、それを無視して橋の下まで歩く。乾季の10月は、水は川の一部しか流れていないので、橋の真下まで来れるのだ。もう一つ注目なのは、橋が低いこと。一番低いところでは、高さが2m20cm くらいしかない。

なぜか、その一番低い場所から、布がぶら下がっていた。「....これは私によじ登れというメッセージなのか」そう解釈した私は、ジャンプして両手で布に捕まった。すると布はあっさり二つに切れ、川原に落ちた。これは、地元民がよじ登るために用意したものではないようだ。

こうなれば自力で登るしかない。まずは真ん中の二本のワイヤーを掴み、両足を添え木に乗せる。片手を一番外側のワイヤーに持ち替え、足を一本つづ内側のワイヤーの上に乗せる。最後にワイヤーの間から上半身を出し、立ち上がる。これが作戦だ。後は実践あるのみ。

ジャンプしてワイヤーを掴み、ぶら下がる。次のステップのタイミングを計っていると、遠くのほうから「ぅおえーっ」と声が聞こえた。私を注意しているのだろうか、他の誰かを呼んでいるのだろうか。多分後者のはずだが、地面に下りて少し考えてみた。もし、途中で失敗して落下した場合、最悪2m腰から落下することになる。もう夕方近いので、そのまま翌朝まで放置されるかもしれない。それ以上に気になるのは、登る過程で、ズボンにワイヤーの錆が付くことだ。この女々しい理由からよじ登りを断念することにした。

今日は何やってもうまくいかない。このままでは、今日一日ヘタレで終わってしまう。「よじ登りがダメなら飛び降りはどうだろう」そう考えた私は、橋の入口の真下にある岩を這い上がり、吊橋を歩き始めた。フサニの吊橋と違い、両端の手すりワイヤーの距離が広く、両手でしっかり握れない。歩き進むにつれ、手すりの位置が下がり、楽に握れるようになる。中間地点、幅5mほどの浅い川を越えた辺りが橋が一番低い場所だ。下を見ると、私が破いた布が落ちている。

ちょうどこの位置には、補助ワイヤーが斜めに繋がっており、これをうまく利用できそうだ。両手で手すりワイヤーを掴み、片足を外側のワイヤーに、もう片方の足を補助ワイヤーに乗せる。補助ワイヤーを伝って少しずつ足を下ろしていき、タイミングがいい所で、足元のワイヤーを手で掴み、ぶら下がり、そして飛び降りた。すべてうまくいった。しかし、何の意味があったのだろうか

写真: 上: 川原から見上げた吊橋。下: 飛び降りた場所。補助ワイヤー(写真では一番下)が岸からここまで斜めに接続されている。足元のワイヤーは中心部に二本。外側に一本ずつ。手すりワイヤーはお腹ぐらいの高さに一本あるだけで、間から簡単に抜けて飛び降りることができる。

パスーの吊橋

  • 行き方: いくつかルートがあるが、本文中にあるヤシュバンダン村経由が一番確実。乾季の場合は、後半川原を歩いて時間を節約することができる。
  • 目安の時間: 1時間20分くらい。
    Passu Inn - ヤシュバンダン村: 40分。
    ヤシュバンダン村 - 吊橋: 40分

吊橋

  • 橋の300mくらい前から、崖沿いに橋に続く道がある。川に水がなければ、川原から直接、岩の上の橋の先まで登れる。
  • 実際には橋の中間点はよりもう少し先。飛び降りた場所は、川原の底が少し高くなっていたため、地面との距離が一番短かった。
  • 橋を渡った先、吊橋を固定する部分が洞穴のような場所にある。万が一、道に迷った場合、ここで雨風しのげる。
  • 渡るのに普通のスピードで10分くらい。

クソすべりな一日

川原に置いておいたリュックを拾い上げ、パスーへの帰路を急いだ。夕方パスーに着くと街の売店はすべて閉まっている。しばらく部屋で過ごした後、夜8時過ぎに宿のレストランに行くと、「too late」とそっけない返事。パスーまで北上すると、フンザで味わったホスピタリティは、すでに枯れ果てていた。

今日一日を振り返ってみる。トレッキングではスベリまくり。ユンズバレーでは敵前逃亡。最後、「吊橋からジャンプ」という一発芸でなんとか自尊心を保つことができた。うまくいかない一日。日々寒くなる毎日。KKHから見た晩秋の絶景だけが私の心を慰めてくれた。

補足

  • 結局、夕食は作ってもらえた。
Copyright (C) 2009 Sekakoh. All Rights Reserved.
inserted by FC2 system