パキスタン 街角の職人芸

パキスタンは職人の国。男たるもの、手に職をつけ、小さくとも店を持つことが求められる。そんな匠の技を横からこっそり覗いてみたい。



旅行時期: 2009年11月前半
為替: 1ルピー = 1.08円
作成日: 2010.03.03

目次


ラワールピンディ: デコトラ工房拝見

パキスタンといえば、ハデに装飾されたトラックが有名だ。これらのデコトラは、基本的には長距離の輸送用トラック。作業用トラックやバスなどの装飾度はあまり高くない。せいぜい窓ガラスにシールが張ってあるくらい。オートリキシャやスズキの装飾は、オーナーの好み次第だが、ラワールピンディを走っている車は、他の町と比べ、とりわけ派手なように感じる。

これらの飾り付けは、どこで行われるのだろうか。フォワラチョーク近くに、車のデコレーションを製造、販売している店が多数あると聞き訪問してみることにした。

写真: フォワラチョークのスズキ乗り場

車のパーツ通り

デコトラ工房通りは、フォワラチョークから北西に伸びるガンジーマンディー通り(Ganj Mandi Rd.)をまっすぐ進み、橋を渡ったあたりから始まる。そのまま直行してもいいが、市内交通の要所、フォワラチョークには、それ以外にも車関係の店が多い。そちらを先に見ることにしよう。

フォワラチョークから南西に伸びる道(Kashimiri Bazzar)に、靴屋ばかり並んでいる通りがある。この道を進み、左側にミナレットが見えたら、右に曲がる。ここから、ガンジーマンディー通りに合流するまで500mほど、車の部品屋が並んでいる。パキスタンには、同じ右ハンドルということもあり、日本から輸入された中古車が多い。それらのほとんどは10年、20年以上前の車で、修理を繰り返しながら長い人生を送っている。そういう訳なので、これらの部品マーケットはなくてはならない存在なのだ。

小規模な店が多く、シャフトやダッシュボードなど特定のパーツだけ扱っている店もあれば、バンパーやドアなど特定メーカーの商品だけ扱っている店もある。この辺の店の店主は、フレンドリーな上、暇なので、すぐに声がかかり、チャイをご馳走になる。店の数が多く、すべて対応していては先に進めない。3店ほどお茶をご馳走になった後、足早にガンジーマンディー通りに向かった。


写真:左: なぜかハイエースの前面ボティが店内にあるTOYOTA専門店。右: 品揃え豊富な店。

デコ・アイテム小売店

ガンジーマンディー通りに合流後、左手に進む。しばらく歩き、小さな橋を越えたら、そこがデコトラ専門街の始まり。店は、既製の装飾品を売る店と、トラックに貼り付ける装飾板を製作している工房がある。前者は、主にオートリキシャやスズキ用の小物の装飾品が多い。車体の角につける長い棒、コーナーポールのような装飾品が店頭に並ぶ姿は釣具店に見えなくもない。近くの工房用に色紙のロールなども販売している。

写真: 装飾アイテムの小売店

装飾板工房

通りには装飾品の工房も並ぶ。店にドアがないため気軽に中を覗ける。工房では、トラックの車体に貼り付ける装飾板を中心に製作している。板を成型する職人と、それに色紙を貼り付ける人の分業制。小中学生くらいの子供も大勢働いていた。


写真: 左: 型を作る職人。奥には色紙をつける人。右: 子供も働く。

デコトラ修理工場

デコトラ通りの真ん中あたりを歩いていると、左側に、建物に挟まれた門が見える。そこを入っていくと、中が空き地になっており、掘っ立て小屋風の修理屋が並んでいた。ここは、いわばデコトラの修理工場。広場には、解体されたデコトラが並び、運が良ければ、デコレーション作業を見ることができる。右下の写真では、デコトラの荷台部分が並んでいる。これは、現地の古いトラックと合体させるタイプで、運転席のドアや屋根の部分もセットになっている。この荷台モジュールは、荷台のフレーム以外はすべて木製で、側面にだけ鉄板で補強されている。ふーん、こうなってたのか...と隅々まで見学し、デコトラ工房通りを後にした。

写真: 左: 右が装飾済みのもの。左が装飾作業前のもの。デコレーションなしでは、ただの木の板。これに、工房で作られたデザイン板をくっつけていく。右: 運転席のドア部分。荷台の側面は鉄板で補強。この手のトラックの荷台に屋根はない。

補足

  • ガンジ・マンディ通り: フォワラチョークは道路が多数交差しているが、チンチーが並んでいるのがガンジ・マンディ通り。
  • フォワラ・チョークは、バンク・ストリートからバスターミナルへ行く時の乗り換えポイント。ここは、サダルバザールと比べ、食べ物の物価が安い。夜中は、屋台が数軒出る。

ラホール: チンチーを攻略

パキスタンには、オートバイが客を乗せた荷台を引く、チンチーという乗り物がある。オートリキシャが南アジアで幅広く普及しているのに対し、チンチーはごく一部の地域でしか見かけない。オートバイのお尻を強引に切り取ってつくられるこの乗り物、これを考え出した人は短絡的なような、胆略的なような...。そんな愛すべきチンチーを詳しく見てみたい。

名前

チンチー(Qingqi)とは、チンチーに使われる中国製オートバメーカーの名前(軽騎)。乗り合いトラックをSuzukiと呼ぶのと同様、安直なネーミングだ。スズキが99%スズキ自動車製の軽トラであるのに対し、チンチーにはいろんなメーカーのバイクが繋がっている。一番多いのが、これまたスズキ。後ろの荷台には、メーカーの名前がデザインされていることが多く、スズキを使っているチンチーは、ちゃんとSUZUKIと書いてある。これはこれで紛らわしい。

チンチーは、バイク部分と荷台部分が完全に別物なので、メーカー名の食い違いが起きてもおかしくない。しかし、皆、チンチー製のバイクの荷台にはチンチー、国産バイクの場合も、そのメーカー名が正しく申告されている場合がほとんどだ。

写真: Qingqi製のチンチー。バイクも荷台も新品のめずらしい"新車"チンチー。

構造

チンチーは、基本的には、サイクルリキシャの自転車をオートバイに置き換えたもの。バイクのチェーンを覆っているカバーは半分切り取られ、むき出しのチェーンが、荷台の下のギアにつながり、それが後部の車軸に繋がっている。オートバイの後輪とサスペンションは取り去られ、フレームで荷台に固定されている。

オートリキシャのタイヤが3つとも小さいのに対し、チンチーの場合、バイクの前輪だけ大きい。荷台部分は、3人づつ前後に座れるようになっており、屋根もついている。構造上、全長はオートリキシャより少し長めだ。

カバーで覆われている部分が少ないので、荷物を沢山のせて運ぶのに便利。屋根も平らで丈夫なので、荷台フレームを追加することなく、荷物を乗せられる。

写真: 左: デリーのサイクル・リキシャ。コンセプトはほぼ同じ。右: むき出しのチェーン。修理工場でひっくり返されたチンチーを撮影。

ラホールでは

なぜか、ラホールでは、スズキの軽トラが少なく、チンチーが近距離の乗り合い輸送をほぼ独占している。オートリキシャも、席数を増やして、乗り合い用に改造することは可能だが、それは行われていない。リキシャは貸切用、チンチーは主に乗り合い用、ときれいに住み分けされている。

定員

一列に3人座れるようなっているが、乗り合いワゴンのように強引に4人座ることはない。なぜなら、3人でも既にキツキツだからだ。一人でも大柄な男が座ろうものなら、太ももの肉が半分食い込むことになる。

チンチーは、オートバイの後部座席がそのまま残っていることが多い。前列の真ん中に座る人は、その突き出した後部座席をまたいで荷台の椅子に座る必要がある。また、後部座席そのものに座る人もいて、これが第7番の席。急いでいてどうしても乗りたい人などが座る。7人乗った状態では、運転席の真後ろに2人密着して座っており、馬跳びでもしているようで微笑ましい。また、後部座席は捉まる場所がなく、非常に不安定だ。運転手の腰、後ろの客の足など選択肢はいくつかあるが、屋根の両端をつまんで安定を図っている人が多い。

写真: 後部座席に座り、天井をつかむ男性。運転手が遠慮して前目に座ったため、バルクミラーが用をなしていない。

メリットとデメリット

オートリキシャにはない、チンチーのメリットを考えてみた。まずコスト。オートリキシャのように一体型でないため、デザインの柔軟性が高い。バイクが壊れたら、バイクごと取り替えればいい。総費用もチンチーのほうが安いだろう。次に装飾。チンチーの荷台は安物なので、抵抗なく側面に絵を書いたりできる。また、座席の位置が高いため、周りを見渡しやすい。

逆にデメリットを考えてみる。まずは乗り心地。運転手にとっては、背もたれのあるオートリキシャの方が楽だろう。チンチーは、基本的にはフロントガラスがないので雨風がしのげない。バイクの風除けをつけたチンチーは、あまり普及していない。乗客の乗り心地もオートリキシャのほうが上だろう。悪路や坂道を走るチンチーは見たことがない。車体のパワーや小回りもリキシャに分がありそうだ。さらに、リキシャは、エンジンをCNGに置き換えることが可能だが、チンチーは、バイクを使っている関係上、そのような器用なことはできない。

まとめると、オートリキシャのほうが汎用性が高く、いろんな場所で活躍できる。ただ、道の状態が良く、ルートも単純なラホールでは、安上がりなチンチーで十分だ。それ以上に住民がチンチー慣れ親しんでいるため、わざわざ変える理由がないのかもしれない。

写真: 旧市街で、靴を大量に載せたチンチー。

補足

  • Qingqi(軽騎): URL
  • 町を走るオートバイは圧倒的にホンダ。なぜか、チンチーにホンダのバイクが使われることはない。理由は不明。売れ筋モデルはCD70(Cash Deposit 70CC)。

パキスタンでカメラ修理

パキスタンの安い人件費と職人気質。なんとかうまく利用できないだろうか。今回、カメラを二度も修理した経験は何かのヒントになるかもしれない。

修理をする勇気

私は使い方が雑なこともあり、よくカメラを壊す。2台持っているので旅行に支障はないが、メイン機がよく壊れるのでたちが悪い。インドからパキスタンに入国した直後、メイン機のズームが壊れてしまった。電源を入れても焦点が合わない。さてどうしたものか。まず、海外で有料修理をしたことがないので、相場がわからない。次に、このカメラは日本で買ったもので、まだヤマダ電器の保証期間中である。こちらで修理してしまうと、保証が無効になってしまう。かといって、この先帰国するまで性能の劣るサブ機を使い続けては、いいカメラを買った意味がない。そして、サブ機自体もいつ壊れるかわかったものではない。頭の中で、「5年保証」という言葉がグルグル回り、なかなか決心がつかない。しかし、ラホールで修理する腹を決めた。ラホールには、腕のいいカメラ修理店が集まる通りがあるとの情報をキャッチしたからだ。

ラホール - カメラストリート

ラホール、フードストリートのすぐそばに、カメラ関連店がならぶ通りがある。通称カメラ・ストリート。店は沢山あるが、どの店が修理を受け付けているのか外見からはわからない。とりあえず一軒の小奇麗なカメラ屋に入ってみると、幸いそこは修理も行っていた。店主にカメラを見せ、見積もりを出してもらう。中を開けてみないと何ともいえないが500-1000くらいの料金になるらしい。例えば、部品交換が必要ならば1000、そうでなければ500という感じだ。午後3時に取りに来ることを約束して店を後にした。店に戻るとカメラは直っており、ズームを動かすギアを2つ交換したとのこと。たった1000ルピー(約1000円)でカメラが修理できるというのは少し驚きで、長期旅行者が「保証」にこだわるのは意味がないように思えてきた。

写真: ラホール カメラストリート。この店で修理したわけではない。

ラワールピンディー - サダルバザール

パキスタン北部のフンザ、ゴジャール地方を旅行中、再びズームがおかしくなってしまった。トレッキング中、手に力が入らずカメラを地面に落としてしまったのが原因だ。パキスタン北部の田舎にカメラ修理店などあるわけもなく、サブ機を大事に使いつつ、なんとかラワルピンディーまで戻ってきた。ピンディにはカメラストリートのようなものはないが、さすがに修理店くらいはある。宿泊したサダルバザール近くにも1軒見つけることができた。工房を兼ねた店舗は3畳ほどの広さで、オジサン1人で修理をこなしている。店構え的にはかなり不安だ。下手にいじくり回されて壊されたらたまったもんじゃない。しかし、話を進める内に、カメラの修理はさほど難しくないことがわかり、おじさんの人柄も手伝って、ここで修理することにした。料金はディスカウント後で1200ルピー。

修理の実際

後ろから覗き込むように作業を見守る。あっという間にネジを外し、本体カバーと基盤、レンズ・ユニット+モーターに分解した。レンズ・ユニットをさらに分解するには、ハンダで回路のシートを外さなければならない。この辺りから素人が手を出せない領域になる。レンズを分解し、外蓋を取ると、見事に砂だらけ。レンズの内外をきれいに掃除する。次にモーター・ユニットの蓋を取り、中を開けると全く問題なし。「今回は、ギアとは別の問題だね」と話すと、「前回もギアの問題じゃないね。分解した形跡がない。」と言う。...ってことは、カメラ・ストリートの人はどうやって直したのだろう。+/-のコードを使ってモーターを動かし、レンズの動作を確認する。どうも問題はレンズ内の埃だけだったようだ。今度はバラバラになったカメラを組み立て直す。なぜか、店のネジ箱から何本か選んで、ネジをはめていく。そのことを指摘すると、「あ、ネジ最初からなかったよ。」。内部2本、外1本ネジが欠けていたらしい。...ったく、ラホールのあの店、どういう仕事してんだ!。対応したオジサンはちゃんとしてそうだったから、店の若者に任せたのだろう。結局、1時間ほどでカメラは修理を終えた。めでたしめでたし。職人の腕と店構えは全く関係ないことがよくわかった一日だった。

写真: 上: 砂だらけのレンズ・ユニット。左:分解後のカメラ。右:レンズ・ユニットと回路を再びはんだ付けしていく。

戦略

パキスタンのような人件費の安い国では、安くカメラを修理できることが確認できた。大都市しか修理店がないのは不便だが、新しく買うコストや帰国まで待つ不便さを考えると、かなり使える。長期旅行者にとっては大変ありがたい。いままで、カメラの海外修理を考えもしなかったのは、「カメラ修理=高い」という先入観に加え、フィルムカメラと違い、「デジカメはメーカーしか直せない」という思い込みがあった。確かに、水没などで電気系統がやられたら、誰も直せないし、そもそも保証対象外。壊れるとすれば、やはりズームが多い。そして、ズーム故障の多くは、機械的な問題なので、デジカメであろうとフィルム・カメラであろうと大差はない。デジカメ全盛の今でも、昔からのカメラ職人は仕事を失うことなく、より仕事の幅を広げて活躍しつづけるのだった。

補足

  • 保証については聞かなかったが、ピンディーのほうは、同じ問題が起きたらタダで診てもらえる。

 

これがCCD

 

これがモーター内部

 

バッテリーを使わずモーターを動かす


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